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最高裁判所第一小法廷 昭和51年(行ツ)120号 判決

上告人

桑原幹根

右訴訟代理人

佐治良三

外四名

右参加人

愛知県知事

仲谷義明

右訴訟代理人

水野祐一

被上告人

西尾和明

外五名

右六名訴訟代理人

山本秀師

外二名

右六名補助参加人

伊藤市太郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人佐治良三及び参加代理人水野祐一の各上告理由について

論旨は、要するに、地方自治法二四二条の二第一項四号により普通地方公共団体の住民が当該地方公共団体に代位して行う損害賠償請求の訴訟(以下「損害補填に関する住民訴訟」という。)において、その訴提起の手数料算定の基礎となる訴額は、請求に係る賠償額と同額であると解すべきであるのに、原審が、右訴額の算定を不能として、本訴提起の手数料を三三五〇円と定めたのは、民訴法二二条一項、民事訴訟費用等に関する法律(以下「費用法」という。)四条の解釈を誤つたものである、というのである。

そこで検討するのに、損害補填に関する住民訴訟は、被告に対して一定額の金銭の支払を請求するものであるから、費用法四条にいう財産権上の請求に係る訴訟とみるほかはない。したがつて、その訴額は、原告が「訴を以て主張する利益」によりこれを算定すべきであるが(費用法四条一項、民訴法二二条一項)、問題は、損害補填に関する住民訴訟において何をもつて右の「訴を以て主張する利益」とみるかということである。

ところで、地方自治法二四二条の二の定める住民訴訟は、普通地方公共団体の執行機関又は職員による同法二四二条一項所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実が究極的には当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害するものであるところから、これを防止するため、地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として、住民に対しその予防又は是正を裁判所に請求する権能を与え、もつて地方財務行政の適正な運営を確保することを目的としたものであつて、執行機関又は職員の右財務会計上の行為又は怠る事実の適否ないしその是正の要否について地方公共団体の判断と住民の判断とが相反し対立する場合に、住民が自らの手により違法の防止又は是正をはかることができる点に、制度の本来の意義がある。すなわち、住民の有する右訴権は、地方公共団体の構成員である住民全体の利益を保障するために法律によつて特別に認められた参政権の一種であり その訴訟の原告は、自己の個人的利益のためや地方公共団体そのものの利益のためにではなく、専ら原告を含む住民全体の利益のために、いわば公益の代表者として地方財務行政の適正化を主張するものであるということができる。住民訴訟の判決の効力が当事者のみにとどまらず全住民に及ぶと解されるのも、このためである。もつとも、損害補填に関する住民訴訟は、地方公共団体の有する損害賠償請求権を住民が代位行使する形式によるものと定められているが、この場合でも、実質的にみれば、権利の帰属主体たる地方公共団体と同じ立場においてではなく、住民としての固有の立場において、財務会計上の違法な行為又は怠る事実に係る職員等に対し損害の補填を要求することが訴訟の中心的目的となつているのであり、この目的を実現するための手段として、訴訟技術的配慮から代位請求の形式によることとしたものであると解される。この点において、右訴訟は民法四二三条に基づく訴訟等とは異質のものであるといわなければならない。

右のような損害補填に関する住民訴訟の特殊な目的及び性格にかんがみれば、その訴訟の訴額算定の基礎となる「訴を以て主張する利益」については、これを実質的に理解し、地方公共団体の損害が回復されることによつてその訴の原告を含む住民全体の受けるべき利益がこれにあたるとみるべきである。そして、このような住民全体の受けるべき利益は、その性質上、勝訴判決によつて地方公共団体が直接受ける利益すなわち請求に係る賠償額と同一ではありえず、他にその価額を算定する客観的、合理的基準を見出すことも極めて困難であるから、結局、費用法四条二項に準じて、その価額は三五万円とすることが相当である。また、右訴訟は、前述のように、住民が法律の特別の規定に基づき地方公共団体の構成員としての資格において住民全体の利益のためにこれを追行するものであることからすれば、複数の住民が共同して出訴した場合でも、各自の「訴を以て主張する利益」は同一であると認められるので、その訴額は、民訴法二三条一項により合算すべきではなく、一括して三五万円とすべきものである。

本件において、原審は、以上と同旨の見解のもとに本訴提起の手数料を三三五〇円と定めたものであり、その判断は正当というべきである。それゆえ、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(藤崎萬里 岸盛一 岸上康夫 団藤重光 本山亨)

上告代理人佐治良三の上告理由及び参加代理人水野祐一の上告理由〈省略〉

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